成田専蔵 創業者挨拶 成田専蔵

喫茶店が街中にあふれていた頃、ひとつの喫茶店でいつも見ていた先にコーヒーの抽出場面があった。薄暗い店内には心地いい音楽が流れ、きびきびと働くスタッフが淹れたてのコーヒーを次々に運んでいく。

黒くて苦いコーヒーにどれほどの美味しさがあるのか知らなかった。ただ、飲むごとに気分が晴れ、元気になれた。コーヒーってなんだ?と自問が続き、足繁く喫茶店に通うようになって入れ方を覚え、香りや味の良し悪しを覚え、コーヒーの虜になった。そしていちばん魅了されたのが心の栄養分になることだった。

コーヒーをもっと身近に置いておきたい。自分からメッセージを発信したい。自分流の形を作るためには「コーヒー専門店」を開業しようと強く思った。
1975年の秋。初めて自分の店を持った興奮は今でも覚えている。わずか5坪だが夢にあふれていた。コーヒー教室や自家焙煎。本屋を渡り、文献を漁る日々。教えを乞うための全国行脚。砂地が水を吸うようにコーヒーが身体に入っていった。

1982年。売れ始めたコーヒー豆。スタッフも増え、いささか自信も芽生えてきた。上質の苦味と新鮮な香りをキャッチコピーに、組織を会社に改め「弘前コーヒースクール」と命名した。学校ですか?と聞かれる事もあるが、確かにコーヒー文化を育むためにさまざまな「学び場」を作ってきた。誰が先生でも生徒でもない「メダカの学校」だ。建学の精神は生まれ育ったこの津軽にあるものを探求する事と、世界に広がるコーヒー文化を探訪する事だ。

日本は今、世界でも名だたるコーヒーの消費国になった。わが街も「弘前は珈琲の街です」と宣言している。歴史的に蝦夷地へ北方警備に赴いた弘前藩士達が「薬用」として飲んだのが、日本に輸入される前の幕府配付のコーヒーだった事や、洋館や史跡が立ち並ぶ街のいたるところに喫茶店が多く点在し、「街の艶」として市民に親しまれていることがその由緒になるが、そればかりではないと思っている。この街には市民が長い間に育んだ「コーヒーの味」がある。苦くて薫り高い「弘前珈琲」はこの街のテロワールが育んだもの。都市が成長するときに失うものをこの街は味わい直している。コーヒーも例外ではない。伝承されてきたものと新しい風味をない交ぜて、時代に合うコーヒー味を作るのはほかならぬこの街の人達。それに沿うように寄り添っていければ珈琲人としてこれ以上の至福はない。

Return to page top